虫返しコーナーのタイトル
JA8119最後の飛行
JAL123便事件:その3

   事故調説の完全崩壊と
          最初の「へんだ!」

■他人事ではないイルクーツク■

 前号が出たとたんの12月6日、アントノフ124が墜ちた。ロシアの代表的な大型輸送機で高翼型(胴体の上側に主翼が付いている)の4発ジェット機。もっぱら軍用として使われているが、最近ではロシアが貧乏になったために民間旅客機にも転用されていると聞く。ロシアにはコンコルドまがいの機種、ツポレフTu-144はあっても(今は全然飛んでいない)ジャンボに匹敵する飛行機はないから民間に転用されたのか、それともソ連解体=アエロフロート解体で小航空会社が乱立し(そりゃまあ、「独立国」になればフラッグ・キャリアは欲しいからね)飛べる飛行機なら何でも飛ばしているのか、そのへんは勉強不足でわからない。いずれにしても旧ソ連は世界第二の航空大国だった。
 アントノフ墜落の原因は「粗悪な燃料」で、4発のうち2〜3発のエンジンが停止したためらしい。上昇しきれず、滑走路に隣接した住宅地に墜ちた。日本では考えられない事故だ……とはいえないから怖い。
 前回、ガルーダ機長の言い分を書いた。あれをただの「言い訳」と無視し去っていいものだろうか。機長の直感が当たっていて、離陸を強行した末に住宅密集地にでも墜ちていたら、イルクーツク以上の惨事になっていただろう。アントノフの機長だって、まさか「墜ちる」とわかっていて離陸したわけではなかろう。事故調が、どう杓子定規な「調査結果」を出そうと、私は機械よりも人間を信じたい。といって、ガルーダ機長の判断が最善だったかどうかは不明。それこそ事故調が調べなければならないことではなかったか?
 民間機の飛行場としては、日本では大阪と名古屋が一番危険だと思うが、一般に日本の空港はあまりにも無神経な場所にある。離着陸に失敗すれば必ず市街地に飛び込む。アントノフ=イルクーツク状態なわけ。国土が狭いから、と言われれば返す言葉はないが、危険なことに変わりはない。まあ、香港の啓徳空港ほどではないにしても(着陸のアプローチ・ラインが滑走路直前まで大カーブしている恐るべき空港)。なら関西新空港はいいかと言うと、これまた別の大問題がある。関空問題はいつか虫返すつもり。
 軍用飛行場となると、これはもう論外。厚木や横田などにあんなものがある必然性はない。あってはいけない。いわゆる「思いやり予算」を軍用住宅建設などに回さず、嘉手納もろとも硫黄島への引っ越し費用にしたらどうだろう。ついでに横須賀・岩国にある「核」も持って行ってもらおう。ヤバいものは何でも、なるべく遠くに追っ払うに限る。地球全体の環境も大切だが、我が身はもっとかわいい。
 話が外れた。アントノフ墜落の原因とされている「粗悪な燃料」こそ日本では使われていない(と思いたい)ものの、代わりに「粗末な整備」が現実としてある。某整備関係者の話では「五体満足で、故障個所が一ヶ所もなしで飛んでいる飛行機はない」とのこと。どの飛行機も「飛行には差し支えない」軽微な故障のひとつやふたつは、常にかかえたまま飛んでいるのが実状だという。たとえば、あまり重要ではない警告灯が点灯しっ放しになっていたり、たまに無意味に点滅する程度なら「飛ばしてしまえ」になるらしい。
 飛行機は「飛ばしてなんぼ」だから、軽微な故障を直すために予定より長く地上に停めておくのはイケナイことなのだ。また、往復便で往きに故障が発生し、到着地に交換パーツが無い場合には、それが深刻なものなら整備基地からパーツを取り寄せるが(復路便の出発は大幅に遅れる)、大したことではないと判断されれば、そのまま飛んで帰ってくる。私は実際にそういう飛行機に乗り、本物の「失速」を経験した。(途中経由地のバーレーンでのこと。推力が上がらなくなり、数時間かけて修理したが直らず、そのまま離陸して機首を上げたら失速。「これで死ぬのか」と観念した)
 具合の悪い機体を飛ばすかどうかは、事実上機長の判断にかかっている。機長は航空会社の被雇用人であり、会社の「経済」も考えないと身分を保てない。だから多少のコトには目をつぶる可能性だって、控えめに言っても「ありえる」。どれだけのコトにまで目をつぶるかが機長の成績になる会社もあるというから、まことにおっかない。メジャーな会社なら安心とは限らない。たとえば成田で、一番多く故障事故を起こしている会社はどこでしょう?
 最近流行の規制緩和で、低料金を売り物にした(逆から見れば経済性最重視の)小規模な航空会社が乱立しそうな気配。どうなることやら。安全性と経済性は逆比例の関係にある。ある航空会社では飛行機をより効率的に活用すべく、飛行場での停留時間をJALやANAの半分にし、機長などコクピット・クルーも機内清掃を手伝う、と堂々と発表している。バカじゃないの。駐機中の時間とは、コクピット内機器や機体の外部点検を機長自身が行なえる唯一の時間帯なのだ。それをさせない、あるいは手抜きしろ、ってことか。いくら低料金でも、そんな航空会社は選ぶものではない。飛行の安全率は下がりこそすれ、絶対に上がらない。乗客には快適なフライトと感じられても、そのときコクピット内では冷汗三斗のパニック寸前、なんていう事態も度々起きるだろう。
 これから創業する小規模航空会社は、例外なくハイテク機の採用を予定している。機長と副操縦士の2人で飛ばす飛行機。ローテク(?)機では監視すべき計器が多数あり、ジャンボも最初は航空機関士を含めて3人クルーだった(123便もそう)。その前はさらに航法士、無線士が加わり5人クルーの時代も長かった。ところが通信機材・システムの安定化・簡略化で無線士がいなくなり、INSに代表される航法システムの完成で航法士がいなくなり(JALに最後まで残っていたDC-8には、天測用の天井窓の痕跡があった!)、そしてついに、多数の計器のうち、そのときに必要なものをブラウン管に表示する方式の、機関士がいないハイテク機が主流になってしまった。経済性追求の大成果! でも、これって安全なのだろうか。
 ハイテク機のコクピット・パネルをよく見ると面白いことに気付く。中央にデンとブラウン管がありSF映画の宇宙船のようだが、その横にセスナと同じアナログ計器の高度計、昇降計、速度計、姿勢指示計などが古色蒼然と並んでいる。写真はボーイング767のパネルの中央部分。黄色で囲った計器がそれにあたる。B767のパネルアナログ計器の存在は何を意味するのか。そうです、ブラウン管モニタが消えたときに備えてのもの。実際、モニタが突然消える故障は「少なくない」という。この手の故障は絶対に公表されないから人民には知らされない。300人以上、ときには500人も乗せている飛行機をセスナと同じ計器だけで飛ばすことになる。こうなると頼りになるのはクルーの「目」だが、それも2人しかいない。時速数百km/hでの前方監視を、たった4つの目で、アナログ計器を見ながら、できると思いますか? 怖いですねぇ。
 そんな非常時には、監視の目は多ければ多い方がいい。だから、いくらハイテク化が進んでも、コクピット・クルーは少なくとも3人は必要だと思うし、そうあるべきだ。2人乗務で1人が計器を見ていたら、前方監視は1人になる。これは「何も見えない」に等しい。せめて2人で前方を見れば視野は半分で済む。「船頭多くして舟山に昇る」というが、こと旅客機に関しては「船頭多くして安全性高まる」なのだ。保険の意味でも、非常時要員として機関士(エアバスではプログラマ?)を乗せるべきではないか。
 3人乗務制の必要は過去の事例からも明白。だからハイテク2人乗務機が導入されたとき、各社の乗員組合は声を揃えて「2人乗務制反対!」を叫んだ(むなしかったが)。トラブル時の機関士の活躍は、私が読んだ記録類にもたくさん載っている。システム故障で「有視界飛行」しかできなくなった旅客機で、航空機関士が他の小型機を見つけて空中衝突を免れた例など、その典型だろう。今回問題にしている123便でも、機関士がいなければ、あれほどの飛行はできなかった。

■事故調の言う「大規模急減圧はあった。証拠もある」の検証■

 前回私は「大規模な急減圧はなかった。なぜなら後部圧力隔壁の大きな破断はなかったから」と主張した。生存者の証言(「耳が「ツーン」とした」「軽い物が後ろに飛んでいった」など)と、客席酸素マスクの利用可能時間(12分)が過ぎても飛行機は高空にあり、それでも誰も息苦しさを訴えていないこと、そして何よりコクピット・クルーが酸素マスクを最後まで着用しなかったことが主な理由。
 もしも本当に急減圧があったとしたら、あるいは少しでもその兆候があればコクピット・クルーはまず最初に酸素マスクを着ける。これは鉄則。クルーが気を失ってしまったら、救える飛行機も救えない。それからすぐに、与圧をしなくても生命に影響がないといわれる13000〜14000フィートまで急降下する。 これも鉄則。クルーは、減圧時の「マスク着用、急降下」動作を、自動的に身体が動くまでに訓練されている。ところが123便のコクピット・クルーはマスクを着けていないし急降下もしていない。機長が出した指示は羽田に帰るための右旋回だけ。また前回のCVR記録の後に、機長は「22000フィートまでの降下」を管制官にリクエストしている。たった2000フィートだ。「ドーン」時の高度は24000フィート。2000フィート降りたところで問題は解決しないだろう。クルーの会話の中に「酸素マスク」は出てくるものの、それは後の話。少なくとも「ドーン」のときには誰も酸素マスクについて触れていない。
 報告書によれば、「ドーン」後の約3秒間で急減圧はコクピットにまで及んだことになっている。まったくツジツマが合わない。さすがの事故調もツジツマが合わないことに気付いたのだろう。以下、報告書114〜5ページから引用(色付き文字の[ ]内は私のヤジ)。

3.2.7.2 減圧及び緊急降下についての対応
(1) 運行乗務員は異常事態発生後間もなく客室高度警報及び客室高度計の指示等によって機内の減圧状態を知り得たものと考えられる。しかしながら、CVRには異常事態発生直後における運行乗務員の減圧という緊急事態に関する呼称(Call Out)等の記録がなく、したがって減圧の際に当面とるべき措置も行われなかったものと考えられる。[つまり、ナンですな。減圧を知っていながら何もしなかった……と。機長はすごい規則違反をしてたわけ!]
(2) 同機の緊急降下の実施については、CVR記録によると18時25分21秒に同機から東京コントロールに対する高度22,000フィートへの降下の要求があり、また、18時26分36秒以降には緊急降下の意向を示す発言や緊急降下中という送信も繰り返し記録されているが、ウソです! 単なる「降下」を意味する「ディセンド」はあるけれど、「緊急降下」は33分41秒に機関士が機長に提案して、外部には36分頃に無線で伝えているだけ。「繰り返し」送信などされていない。あるいは本当は送信されていたけれど、CVRデータを改竄したから消えたの?]DFDR記録によれば、同機が実際に降下を始めたのは18時40分以降である。
 このように当時の運行乗務員が機内の減圧状態を知りながら[こらこら、勝手に決めつけるな。前項では「考えられる」だったろ]22,000フィートへの降下を要求したのみで安全高度の13,000フィートへの緊急降下を行わず、与圧なしで約18分間高度22,000フィート以上の高度で飛行を継続したが、その理由を明らかにすることはできなかった。[ぜひとも「明らかに」してほしいもんです。調査委員会さん]
 しかしながら、当時の運行乗務員が異常事態発生初期においてはその発生原因の探求に、また、その後は飛行姿勢の安定のための操作に専念しており、緊急降下に移行しなかったことが考えられる。[考えるのは勝手ですけど、急減圧という異常事態が発生したら、原因がなんであれ、とにかく最初に緊急降下するのがパイロットですよ。とっても苦しい「考え」ですね]
(3) 運行乗務員の酸素マスク着用については、CVRに18時26分30秒以降数回にわたり酸素マスク着用についての声が記録されているが、[その時刻のCVR記録には「酸素マスク」など出てこない。33分48秒に機関士が「マスク我々もかけますか?」と言い、同58秒まで提案し続けているだけ。「数回」とはどの時刻ですか? 改竄前のデータで書かれても困るもしこの時点で酸素マスクを装着したとすれば、記録されるはずのないエリアマイクチャネルに3名の乗務員の声が記録されていることから、この間いずれも酸素マスクを着用しなかったものと推定される。[ここは「推定」ではなくて「断定」でしょ]
 このように、従来からその着用について教育訓練を受けている運行乗務員が、減圧状態に直面しながらも酸素マスクを着用しなかったことについては、その理由を明らかにすることはできなかった。[どうやら、困ったときには「明らかにすることはできなかった」が常套句らしい。もう少し語彙を増やしません?]

 書き写していると虚しくなるのでもうやめた。ここだけ読んでも、事故調は「隔壁が破れて大減圧があった」を、まず前提にしていることがわかる。そのためにかどうか知らないが、CVR記録を改竄した形跡がありありとわかる(それとも、CVR記録など読まずに報告書を書いたのか)。私は故意に報告書のオカシナ箇所を書き写したのではない。報告書全体がこんな調子なのだ。これでは「調査」報告書とはいえない。コジツケ作文集だ。

 事故調が「後部圧力隔壁破断説」を唱える基本的な根拠は何だろう? 本当はこれだけでもヘンなのだ。この読みにくい、整理不足の報告書から列挙してみよう。

1:異常発生とともに客席高度警報音が鳴った。
2:生存者証言で、「白い霧のようなものが発生した」「耳がツーンとした」etc.
3:回収された機体破片のいくつかが、内側からの圧力で壊れた形跡がある。
 整理するとたったこれだけ。

 1:そう、たしかに客室高度警報音は鳴った。しかし「ドーン」の後、たった1秒間(18時24分37秒)だ。警報音は手動でも切れるが、誤動作か本当の警報かを判断するまでは切らない。それに大体、1秒で切るほどの早業が「何か起きている」コクピット内でできるだろうか? 警報音は25分04秒から再び鳴り始め、47分28秒まで継続して鳴り、その後は2回(47分29秒〜57秒と48分27秒〜52秒)鳴りやんだだけで、墜落時まで鳴り続けている。手動で切った形跡はない。
 前回まで2度も出した「航跡図」と照らし合わせると、鳴りやんだ2回の時点では、ともに低空飛行をしていることがわかる。(多分、このデータも改竄されているのだろうが)
 問題は、最初の警報音が1秒で切れたことだ。1秒間だけ「減圧」し、すぐに復旧した。大減圧ではなく小減圧なら、これで筋が通る。もしも大減圧なら、どうして警報は切れたのか? 鳴りっぱなしになるはずだ。……本当は、警報が鳴ったのはこの1秒間だけではないだろうか? CVR記録の「警報音」はニセモノくさい。ニセモノでないなら、最初の警報が1秒で切れた理由を説明してほしい。

 2:前回も書いたが、白い霧は小さな減圧でも発生する。「疑惑」の著者、角田氏の喩えを使わせていただくなら、ビール瓶の栓を抜いたときにも、よく見ていれば白い霧が出る。私も試してみた。コーラだったけれど、やはり霧は出る。白い霧は「大減圧」の証拠でも何でもない。「耳がツーン」「軽い物が後方に飛んだ」については前回書いたので省略。大減圧なら、そんな程度では済まない。

 3:破片が「内側からの圧力で壊れた」とは、事故調お抱えの調査員(学者?)の所見でしかない。公平な第三者機関の調査結果ではない。したがって、にわかには信じられない。孫引きで申し訳ないが、再び「疑惑」(191ページ)から借用すると、「(前略)垂直尾翼の破断面などを見ましたが、左側の外部からとてつもない力が加わったことを示しています。海上で発見された垂直尾翼の前部上方部分には、左側から強大な圧力にもぎとられた証拠が歴然としていました」(元運輸省主席飛行審査官、楢林寿一氏。週間宝石85年9月6日号)と見ている人もいる。
 付け加えるなら、報告書で言っている「内側からの圧力で破壊された」との所見は、ほぼすべて「巨視的に見て」の語の後に付いている。どういうことかといえば、「詳しくは調べていないけれど、ざっと見渡したところ」ということだ。見ただけで「内側からの圧力で壊れた」と断定できるのか? 報告書の「調査」には多大な予算と労力が費やされている(税金!)。ただし調べたのは、どうでもいい箇所と「圧力隔壁説」の補強になる箇所だけだ。肝心なところは「と推測される」「巨視的に見て」になっている。きちんと調べるとバレそうな箇所は調べていない。あるいは、調べたけれど結果が思わしくないのでデータ隠しをしているのか?

■実験によれば「減圧事故でも緊急降下は必要ない」……事故調■

 人間は空気を吸って生きている。特に大切なのは酸素。酸素が少なくなると「低酸素症」の症状が出る。高山病と同じと思えば正解だが、登山は徐々に高度が増し、徐々に酸素が少なくなるのに対して、飛行機の急減圧では一気に酸素の量が減る。変化が急激に起きるため、登山と違って身体が順応する時間がない。同時に気圧も一気に下がる。いわばショック状態になるわけ。そこで石崎秀夫氏の「機長のかばん」から、前回よりも詳しく引用させてもらおう(81ページ)。

 機内で急減圧が起こったときの飛行高度の違いで、人体への影響も大きく違う。各高度で人が意識を失うまでの時間はおおよそ次の通りである。
     三万フィート         1〜2分
     二万八千フィート      2.5〜3分
     二万五千フィート      3〜5分
     二万二千フィート      5〜10分

 日本の空を35年間にわたって、総飛行回数25000回も飛び続けた名パイロットの著書だ。ANAの機長ではあったが123便事件とは利害関係はない(悲しんでいらしただろうが)。このデータを見て、事故調がいう「22000フィート以上の高度を約18分間、与圧なしに飛んだ」なんていうことが、できると思いますか?
 石崎説(というより、過去の事故例などからの「常識」)が正しいなら、123便のコクピット・クルーは全員失神しているはず。これにもまた事故調は困ったらしい。そこで勇ましくも人体実験を敢行した。人間を実際に減圧チャンバに入れて、失神するかどうか試した。
 報告書の94〜98ページにグタグタと書いてある。2種類の実験が行なわれ、実験1の被験者は男性2名(26歳と28歳)。酸素マスクをして24000フィート相当の気圧まで8分かけて減圧し、そこでマスクを取り、12分間、2桁の引き算(暗算)と短文朗読をさせた。
 実験2は、いろいろと面倒なのだが、要するに48歳の男性を酸素マスクなしで、まず650フィート相当まで減圧し、その後5秒間で24000フィート相当まで減圧、さらに20000フィート以上の気圧のもとで20分間にわたって1と同じテストをした。
 さて結果は……動作が多少鈍くなったり、発音が変わったり、テストの間違いが多くなったりしたものの、概略においては正常である! ということになった。まったく疑わしいことこの上ない。まずアヤシイのは、被験者の身分が明かされていないこと。たとえば「PAオペレーター」とか「モノ書き」とでも明示していれば、いくらかは許してやれるが、年齢と性別だけでは自衛隊の現役パイロットだったりする可能性もある。電通の(下請けの)サンプリング調査だって、もっと透明度は高い。
 この実験は、まさに「ためにする」ものでしかない。急減圧があっても123便のクルーは少々低酸素症気味ではあったけれど「飛べた」、と言いたいのだろう。
 仮にこの実験結果が正しいとするなら、今後、比較的低空を飛ぶ国内線旅客機に酸素マスクは必要ない。低酸素症など恐るるに足らず、緊急降下もしなくていい。……なんていう馬鹿な話を、世界のどこの航空監督官庁が信じるだろう。報告書を読んで米国FAAあたりは大笑いしているに違いない。

 この実験にはオチまで付いていて、123便のコクピット・クルーは被験者と同じ程度の低酸素症にかかっていたことになっている。その症状を、報告書88ページでは、

1:低酸素症の徴候といわれている音声基本周波数の高調波が不明瞭になっているところが多く見られ……(以下略)。[基音があるから倍音があるのであって、「基本周波数の高調波」なんて難解に書く必要はないだろう。倍音が不明瞭とはどういうことか?具体的に述べよ。それとも私の勉強不足で全然別の意味なのか?]

2:18時29分の後半から36分にかけて機長と副操縦士の間の会話が著しく少なく、18時40分から43分前半までの運行乗務員間の会話も極端に少なくなっている。(なお、飛行高度が20,000フィート以下の18時45分ごろからは操縦室内の会話は増え始め、その後は地上からの呼び掛けにも応答している。)[まず考えられること。問題にしている時間帯のCVR記録が改竄されている。29〜36分に、事故の詳しい原因や目撃した事柄を東京コントロール(ACC)や日航本社に連絡していても不思議ではない。そんなデータを公表したらマズいもの。データ改竄による「事故調自作の低酸素症」かもしれない。また、実際に会話が少なくなっていても少しも不思議ではない。事故機をコントロールする方法を必死に模索しているクルーが、ぺらぺらしゃべるとは思えない。40〜43分は大月市上空で旋回しながら降下中。コントロールの方法が少しつかめてきて、必死に操縦している。そんなときにゴチャゴチャ言うだろうか?……とはいえ、やはりCVRデータ改竄の可能性の方が高い]

3:18時33分50秒前後に航空機関士から二度にわたり酸素マスクの着用が提案されているのに、機長はいずれも「はい」と答えたのみで、その措置をとらなかったとみられること。[それだけで低酸素症? なら私はナチュラルな低酸素症だ]

4:18時33分から43分にかけて、JAPAN AIR TOKYOから4回にわたり呼び出しを受けたが、これに応答していないこと。また、これに関連して応答先の東京又は大阪を決めるのに約1分を要していること。[自分の飛行機がひどいことになっているのに、東京・大阪のどちらに通信するか決めることが、そんなに緊急で大切なことだろうか? 2:でも書いたが、あるいはちゃんと答えているのかもしれないし(データが改竄されている)、操縦だけで手一杯で無線どころではなかったはず。事故調は何を血迷っているのだ。]

5:18時35分ごろから約1分間機長の語調が強くなっていること。[こんな場合に平静でいろという方が無理っていうものだろう。私の語調も強くなりそう。]

 たったこれだけの希薄な根拠で、事故調はコクピット・クルーを「低酸素症だ」とキメつけている。私のヤジの部分を除いて読んでもらっても、事故調の主張には無理がありすぎるとわかるだろう。もはやナリ振り構わぬ「圧力隔壁破壊−急減圧発生」のゴリ押しだ。
 もしも事故調が正しいことを言っているなら、CVRを生のままで公開すべきだ。「音声基本周波数の高調波」などとタワごとを並べるよりも、実物の音を聞かせてくれれば、クルーが正常か否かわかろうというもの。CVRの公開は私のような素人ばかりが要求しているのではない。日航の機長会も要求し続けている。せめて同僚機長にだけは聞かせてくれと。しかし日航は拒否し続けている。これは異例というか前代未聞のことだという。123便以外の事故では、CVRもDFDRも同僚機長には公開されてきたし、事故機のDFDRデータを使ってトラブルを再現し、訓練も行なわれているという。何故か123便関係だけが「特別極秘扱い」。不思議に思わない方がおかしい。

■123便事件、最初のキナ臭さ■

 事故調の「圧力隔壁説」は粉砕されたとしよう。読者諸賢も納得されたに違いない。この説に関わっていると、話がちっとも先に進まない。もうやめた。

 私事ながら、

 あの日、1985年8月12日、夕方になっても蒸し暑かった。一人暮らしをしていた私の部屋に、ある女性が遊びに来ていた。友人の彼女なので自制心を精一杯働かせていたのだが、自制心よりも蒸し暑さの方が私を行動不能にしていたようだ。二人とも飲酒の習慣はなく、麦茶を飲みながら沖縄独立論などを、かなり絶望的な気分で話していた。7時近くになっても外はまだ薄明るく、立ち上がるのがおっくうだったせいもあって電灯は点けず、音を消したテレビだけが照明といえた。ね、ムードは最高だったのだ。相手さえ適当なら……ちくしょう。
 7時のニュースが始まって間もなく、報道機関の友人から電話。「JALのジャンボが墜ちた」「どこの空港?」「空港じゃない。場所はわからない。テレビ見てて」 ほんの数秒の電話だった。テレビの音を大きくした。(7時前後に事故発生を知っていた報道関係者はいなかったことになっている。でもこれは本当、一人いた)
 このときから私と123便の因縁が始まった。良い友人をもっていたおかげで、一般人としては事故を最初に知った二人になった。NHKニュースは政治家のトラブルみたいなことを流していた記憶がある。いっしょにいた彼女は飛行機大好きオネエサンで(もっぱら乗るだけだが)ジャンボ墜落が信じられず、速報が出ないのに苛立ち、「何やってんの、NHKは!」とアナウンサーを睨み付けていた。私はその月のJALとANAの時刻表を持ち出してきた(当時は毎月、各航空会社の支店で時刻表をもらっていた)。
 20分ほどして、NHKが第一報を流した。「JAL123便が行方不明、佐久付近に墜落の可能性」という内容だったと思う。電話をくれたのは信頼できる友人だが、心の底には「まさか」の気持ちがあった。それが速報で崩れた。後で確認すると、速報は7時26分。
 身内が乗っている可能性はなく、いわば他人事ではあったけれど、とにかく混乱した。DC-3には乗り遅れ、DC-6は眺めただけで、DC-7にかろうじて間に合った世代の私は、707から本格的に飛行機に乗り始め(実は飛ぶのが怖い。いつも安定剤をたっぷり飲んで--セルシン10ミリ--から乗る。乗れば楽しい)、いろんな機種に乗った結果、747は絶対に墜ちないと感じていた。安定性、機動性、万全と思えるフェイルセイフ、そして何よりも全体としての安心感が747にはある。飛行場内の誘導ミスなどで衝突事故を起こすことはあっても、飛んでいる機体が墜ちるはずがない。軍用機製造技術のすべてを安全面に注ぎ込んだ機体が747だと、これは今でも信じている。
 あの夜のNHKは123便事故専門チャンネルになった。しかし新しい情報はなかなか入らない。対策本部の設置やら、JAL東京オペレーション・センター前からの中継やら、多分NHK自身、何を報道しているのかわからなかっただろう。唯一、不確かながらわかっていたのは墜落現場。長野県の佐久周辺ということ。墜落原因は不明だった。佐久周辺の山なら、長野の別荘への往復に、年に何回も通る場所だ。
 9時か10時だったろうか、待望の解説番組が始まった。当時NHKで航空関係の解説委員だった柳田邦男氏が登場し、747のプラモデルを示しながら「R5、つまり右側一番後ろのドアが外れて飛び、それが原因だと考えられます。ドアは後方に飛ばされ、尾翼を傷つけたのでは……」とやった。私と彼女は唖然とした。747のドアは、与圧がかかっている限り絶対に開かない。これは常識中の常識だ。乗降に使うL1やL2なら、万が一にも半ドアみたいな状態は考えられても(それも絶対にないが)、いつもは使わない、いわば「開かずの扉」のR5が開いて飛ぶなんていうことを、ジャンボを熟知しているはずの柳田氏が本気で言っている。「へんだよ、これ」「うそよ、あのドアは外れない」……私と彼女は、何かキナ臭い雰囲気を感じ取っていた。(他機種ではドアが開いて墜落に至った事故もある。DC-10の貨物室ドアが開き、貨物室から与圧が抜け、客室の床が下に引っ張られて落ち、床下に通線した操縦系統ケーブル類が切れて墜落した事故が有名。DC-10の貨物室ドアと747の客室ドアは構造がまったく異なる)
 柳田氏はその後、KAL007便事件でボロを出し、航空評論から撤退せざるを得なくなったが、いくら何でもR5が飛ばないことくらい知っていたはずだ。本当の原因は別にある。誰かが何かを隠している。私たちは直感した。
「直感」が「確信」に変わったのは、初めて現場の映像が映し出されたときだった。闇の中に炎が連なっている。事故現場の間近からの撮影だ。カラーのはずなのに炎は白っぽく見える。自衛隊ヘリが撮ったという。にも関わらず「現場位置の確定ができない。救助もできない」。どういうことだ? ヘリなら自機の位置はわかるだろう。特に軍用ヘリなら、たとえ山間でもそのまま上昇すればTACANが使えるだろう。暗視鏡があれば降下も可能だ。悠長に撮影なんかしていないで、少しでも生存者の捜索をしないか。暗くて活動不能だから救助できないだと? 馬鹿野郎、日本の軍隊は昼間専門で夜は戦争しないのか! 現に山間を飛行して撮影してるじゃないか。見殺しにする気か! それなら米軍に頼め! こんなときくらい安保を拡大解釈しろ! 私たちはテレビに毒づき続けた。
 乗客名簿が少しずつ発表される。彼女は乗員名簿を気にし始めた。知り合いにスチュワーデスがたくさんいるらしい。今のところ名簿に知った名前はないけれど、心配でたまらない。「わたし、羽田に行く」「車出そうか?」「あなたはテレビ見てて。タクシーで行く」「OK、気をつけて。鍵はあけておくから」。結局それからまる一日、彼女は帰ってこなかった。
 私は翌晩までテレビを見続けた。4人の生存者が救助された。申し訳ないが、少しも嬉しくはなかった。もっと早く救助隊が入れば……。現場が確定もしていないのに「長野県」と断定的に報道し続け、混乱に輪をかけたNHK(意図的なものだったと今では確信する)。死ぬまで受信料は払わないと心に決めた(もっとも、それまでも払っていなかったが)。一番良い場所にヘリをホバリングさせ、救助活動をスポーツ中継のようにはしゃぎまくったフジTV。ますます嫌いになった。
 私にとって、このときから123便「事件」は始まった。

 どう考えてもおかしなことばかり。事故当夜だけでも「???」の連続だった。たとえば事故現場「隠し」。NHKは、防衛庁筋から流された「現場は長野県北相木村の御座山」を報道し続けた。長野県警が23時30分に、公式に「長野ではなく群馬県だ」と発表してもなお防衛庁・NHKは「長野県」と言い続けた。他のマスコミ・メディアも追従した。この種の情報操作は、真相がバレてはまずい航空機事故の際には必ず行なわれる「時間稼ぎ」で、情報の出所がはっきりしていない共通点がある。NHKの「防衛庁情報」にしても、追跡してみると、防衛庁にはそういう発表を行なうセクションは存在しない。つまり防衛庁の「どこだかわからない」部署から出た情報を公式発表していたことになる。長野県情報の出所は、未だに不明だ。
 航空機事故のニセ情報としては大韓航空(KAL)007便の「サハリン着陸、全員無事」報道(実は撃墜されていた。自衛隊と米軍はリアルタイムで知っていた)や、古くは日航木星号の「駿河湾着水」情報(大島三原山山麓に墜落。撃墜か?出所は当時のGHQか?)が典型例だろう。123便でもまったく同じ手が使われた。どうしてだろう?
 その後状況が少しずつ明らかになるにつれ、また、捜索活動の行なわれ方を見るにつれ、ワケのわからないことが続出した。最大にヘンなことは自衛隊の過剰な関与。事故当夜は見当違いな場所を迷走捜索し(陸自隊員さん、ご苦労さん)、軍用機は間違い情報ばかり報告(いや、報告は正しかったのかもしれない。誰かが操作した)していたものが、現場が「発見」されると一躍元気になり、警察や運輸省をさしおいて現場保存から取材ヘリの管制まで一手に仕切った。一部の自衛隊員は警察機動隊の服装で現場入りしている。どんな出動要請があったかは知らないが、そこまで自衛隊にさせる「何が」あったのか?
 墜落したのは民間機。だから事故現場の保存・検証は警察の仕事だ。自衛隊は、あくまでも警察の指揮下で「お手伝い」「力仕事専門」に徹さなければならないはず。しかし実際には警察が自衛隊の指揮下に入っていた。また、取材ヘリのコントロールは運輸省航空局の仕事のはず。山間とはいっても取材ヘリは空にいるのだから、航空無線の周波数帯域なら出力1Wのハンディ機でも充分に管制できる。安全を期すなら5W程度のハンディに外部アンテナ(片手で持てる)を付ければいい。オペレートは航空局職員が出張して行なうべきだったろう。百歩譲っても警察の役目だ。それを全部自衛隊が行なった。取材ヘリは122.6MHzで現場上空を飛ぶ自衛隊のYS-11「トライア60」にコンタクトし、その「統制」に従い、123.1MHzで仮設ヘリポートの(自衛隊)管制官とコンタクト、着陸手順を指示される。まるで戦時体制だ。
 取材各社はこの措置、自衛隊による「統制」に強く反発。抗議すると、さすがの自衛隊も「統制」の法的根拠が無いものだから「統制」とは「お願い」のことです、という苦しい言い訳。いずれにしても最後まで「自衛隊による統制」は空中・地上を問わずに続いた。(取材ヘリの話は、新藤健一氏著「見えない戦争」:情報センター出版局 1553円)

■R5ドア ブロークン■ 事故機の破壊された部分
 何か極端な異常が発生し、123便は垂直尾翼の大半と機体最後部(テールコーン)を失った。そのときの音が「ドーン」だった。何が起きたのか?
 「まったくわからない」が現状。仮説や推測ならいくらでもある。隕石衝突説から北朝鮮のミサイル説まで、でも真面目にツジツマの合った仮説は少なく、多くは事故調と同じように自説に都合のいいデータだけで組み立てられたもの。原因究明は評論屋や予言者の花舞台になっている(両者の違いは「科学的根拠」をチラつかせるかどうかだけ。本質は同じ)。全部取り上げていたらキリがない。
 R5ドアとは、機体右側(右舷)の一番後ろのドア。写真で圧力隔壁の前部にあるのがL5だから、この逆側がR5。外れて飛べば、高速で飛行している機体からドアが舞い上がり、尾翼を傷つけても不思議ではない。柳田氏の説明も、ドアの構造を知らず、予備知識なしで聞けば、かなりの説得力があった。また一定の根拠はあった。123便と日航本社の間で、次のような交信があったからだ。

 *(123)は航空機関士、(JAL)は日航東京本社

18時35分12〜19秒 (123)ジャパンエア東京 えー ジャパンエア あー 123 over
   35分20〜32秒 (JAL)ジャパンエア123 ジャパンエア東京
                 26分に大島の30マイル ウエストでエマージェンシイー
                 コールを東京ACCが傍受したということですがー
   35分34〜47秒 (123)ええとですね いま あのー
                 アールファイブのドアーがブロークンしました
                 えー それでー
                 えー いまあー
                 ディセントしております えー
   35分53〜57秒 (JAL)了解しました
                 キャプテンのインテンションとしては
                 リターン ツウ 東京でしょうか?
   35分58秒    (123)はいなんですか?
   36分00〜01秒 (JAL)羽田にもどってこられますか?
   36分04〜19秒 (123)えーと ちょっと待ってください
                 いまエマージェンシィーディセントしてますので
                 えー もうすこししたら あー コンタクトしますので
                 もういちど あー 再びコンタクトしますので えー
                 このままモニターしておいてください
   36分20秒    (JAL)了解しました

 これが123便と日航本社との最後の交信になった。また、123便が「緊急降下している」ことを明白に表明した唯一の交信でもある。(それにしてもJALのオペレーターはヘタだね)
 ACCなどの運輸省機関ではなく日航本社との交信であったため、この内容はすぐに公表された。それを受けてNHK解説委員の柳田氏は「R5のドアが飛んだ」と説明したのだろう。別に解説委員や評論家でなくても、データさえ持っていればできる解説。テレビで数百万の視聴者に対して説明するなら、ドアが飛んだという現象よりも、「絶対に外れるはずのないドアが、何故飛んだのか」を説明なり推測なりしてほしかった。それが無かったから、私は「へんだ!」と思ったのだ。ひとつの事故が起きる前には、その原因となる故障や小事故などの現象がある、という大切な発想。それこそ以前から柳田氏が、事故を見る際に最重視し、主張してきたことではなかったか。(と、氏を批判しても仕方ないか)
 結局、このR5ドア破壊説は、事故の翌朝には消えて無くなった。墜落現場からR5ドアが、原型をとどめ、機体に付いた形で発見されたからだ。
 しかし、この交信内容は少しおかしい。CVR記録がアヤシイことは何度も書いたけれど、それにしても、この交信以前に「R5ドア」が壊れた、あるいは不具合だ、といった会話は記録されていない。記録にあるのはR5付近の乗客用酸素マスクが落ちてこない、または酸素が出ないことだけ。これは30分35〜40秒に機関士と客室乗務員のインターフォンによる会話で推測され(記録されているのは機関士の声のみ)、33分37〜43秒に機関士が機長に「アールファイブのマスクがストップですから・・・エマジェンシーディセントやったほうがいいと思いますね」と提案している。これだけなのだ。どうして「R5ドア ブロークン」になったのか、まだ誰も「明らかにすることはでき」ていない。
 今回、最初の方で2人乗務制は危険であり、ぜひとも3人乗務にすべきだと書いたが、このときの機関士の行動からだけも航空機関士の必要性はわかるだろう。機長と副操縦士は機のコントロールに必死で会社との交信もできない状態。機関士がいたからこそ、客室の様子を把握したり、外部との通信が確保されていた。今、2人乗務の767や747が危機的状況に陥ったら、誰が「雑用」をこなすのか? いや、本当は雑用ではない。記録を読めばわかるが、機関士は常にできる限りの客観性をもち、飛行方法の提案や機内全体の把握を試みている。
 たとえば酸素マスクが全部降りているかどうか、降りていない場所に携帯型の酸素ボンベが運ばれているかどうか、こまかくチェックし指示し、機長に報告している。また、機内の破損の程度も機関士が客室乗務員から聞き取り、状態を機長に知らせている。31分41秒〜32分07秒には客室後部の破損状況を調べ、32分11〜21秒に、機長にこう報告・提案している「あのですね 荷物いれてある 荷物のですね いちばんうしろですね 荷物の収納スペースのところがおっこってますね これは降りたほうがいいと思いますう」

 今回は、予定では「ドーンは何だったのか」まで書くつもりだった。でも、ここまででも充分に長くなった。ま、圧力隔壁説を葬り去っただけで、よしとしておこう。そして航空機関士の重要性を書けたことでも、私としては目的をひとつ果たせた。以後、次回に続く、とさせていただく。

 そう、これは書いておかねばならない。123便の墜落現場をマスコミは「御巣鷹山」と言っている。これは間違いだ。たしかに尾根続きではあるが、正確には「高天原山」が正しいという。だから私は「御巣鷹」とは書かない。
 記述について。報告書からの引用部分は、報告書の文字遣いをそのまま使った。ディセンドとディセント、エマージェンシイーとエマジェンシーなどが混在するのも、私の記事本文と引用部分の漢字遣いや送り仮名が異なるのもそのせい。その点よろしく。
 
 

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